子供を産み育てることの覚悟や責任について

こんにちは~
娘が眠ったので自分時間\(^o^)/
今日はタイトルの通り、子供を産み育てる責任について最近思うことを書こうと思います。

実家にいると食事の時などにいろんな会話をします。
会話をするなかで少し考え方に違和感がある。
田舎だからなのか、高齢だからなのかは分からないけれど、祖父母や両親、とくに祖父母は、親が高齢になったら親の面倒を見るのは当たり前、なんなら子供もそのために生む側面もあるといった考えを持っています。
だからまだ結婚していない兄に何がなんでもお嫁さんを探さなきゃってピリピリしてるし、結婚して数年子供をもうけなかった私にも子を産め産めってプレッシャーがすごかった。
社会全体で見て、公的なサポートの資金調達や仕組み作りのためにも、少子化じゃないに越したことはないなとは思います。 
でも両親や祖父母が結婚や子供を急かすのは社会全体の少子化対策などではなく、自分達のため、または(よかれと思って)私たちきょうだいのためでしょう。
結婚するかどうか、子供をもうけるかどうかを決めるのは個人・夫婦に決定権があるものなのになあと違和感がありました。
また、私の義母は金銭面でも精神面でも夫にべったり。
夫が突き放すようなことを言うとお腹を痛めて産んで~赤ん坊だったのを育てて~と「え!?そこから・・・」といったところから育てた恩をごり押ししてきます。
こういうこともあって、いろいろ子供を産むことって、育てることって何なんだろう~って思ってきました。
私の実家から、いろいろプレッシャーをかけられながらも、自分たちのタイミングで娘を産むことができたのですが、今度は子供を産むということを意識するにあたって、自分が子供を産み育てることについていろいろ考えるようになりました。
・子供は望んで生まれてくるわけではなく、親のいわば自分勝手な思いでこの世に生まれてくる
・だから、親は子供を育てる責任がある。親が、子供を大人になるまで育てるのは親の責任であり当たり前のこと。そこに恩や恩返しを強いてはならない
私は上のように考えてます。
私の祖父母や両親は、子供を育て上げたことへの恩返しを期待しているというか、親が高齢になればお世話をするもの、といった考えがあるけれど、それは正直抵抗があります。
私自身も老後は老人ホームとかに入っておんなじ年寄り同士仲良く暮らしたい。
そのための資金も意識してためなきゃなあと思っています。
私の同僚に、家訓として、「何の遺産も残さないけど、何の迷惑もかけない」っていうことを掲げてるっていう人がいました。
大賛成!
少し寂しいかもだけど、今可愛い娘にめちゃくちゃ癒されてて、それだけでプレゼントを受け取っている気分になっています。
なのに数十年後、育てた恩を糧に面倒を見るように頼むのは違うよなあと考えてます。
でも普通に生きれば親のほうが先立つわけなので、子供が大人になるまでにきちんと自分の足で立てるように育てることも、親としての責任だなあと思うわけです。
まだまだ始まったばかりだけど、子育てって難しそうだなあ。